しまってないしなってない

2021年に読んだ本とマンガ(とミステリ研)の話

 もにゃもにゃしていたら年が明けてしまった。初夢は交通事故を起こす夢(免許持ってないのに)で、かなりげっそりした。

 

 僕は大学でミステリ研究会とかいうやつに所属していて、2021年はその最終年、ミス研4年生の年であった。(多くのサークルと同様、ここでは入会した年度を1年目として数えている)2021年をまとめると同時に4年弱にわたる憧れのミス研生活を総括してみようかと思ったけれど、コロナ禍以降の2年間で事実上の幽霊会員と化してからはサークルに関する記憶がほとんどなく、ではそれ以前の2年はどうかと記憶を掘り返してみても、あらゆる文芸サークルの根幹とも言える営為、すなわち創作と評論は会誌の穴埋め的な代物を除くと1文字も書いておらず、ちまちまと開催していた読書会の内容は今思えば赤面もので、では他に何をしていたのかと言えばそれは「人関」(人間と関わること)に他ならず、まったりとしていて味わい深く、うんざりするくらい紋切り型で、真似できないほど湿っぽいこの人関からは本当に沢山ものを学ばさせていただき、人間として大きく成長するきっかけを与えてもらったと考えております。まあ要するに、4年弱にわたるサークル生活で実のあることは特に何もしなかったらしい。

 

 と、まとめると悲しすぎるので、それでも結構楽しかったと付け加えておく。色々と思うところも多々(本当に多々!)あったけど、あまり無責任なことを書き散らすのもよくないし、現に何もしなかった僕自身にも責任の一端はある。まあ、こんなもんだよね……って感じ。←こうやってバランスとって誰も傷つけないようにする「人関」はマジで不毛なのでやめたほうがいい。どう考えてもお前らが悪い。以上!

 


 

2021年に読んだ小説ベスト(順不同)

 

・『メロディ・リリック・アイドルマジック』石川博品

・『涼宮ハルヒの直観』谷川流

・『江神二郎の洞察』有栖川有栖

・『妻の帝国』佐藤哲也

・『その言葉を/暴力の舟/三つ目の鯰』奥泉光

・『十日間の不思議』エラリイ・クイーン

・『見えないグリーン』ジョン・スラデック

・『白昼の悪魔』アガサ・クリスティー

・『ゴーレム100』アルフレッド・ベスター

・『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』ナボコフ

 

 2021年刊行の作品をおそらく1冊も読んでいない状態で作られたリスト*1であるうえ、ベスターとスラデックくらいしか初めて読んだ作家がいないとはどういうことだろう。小説への興味がすっかり枯れているように見えて悲しいけど半分くらいは事実なのだから仕方ない。もちろん理由は飽きたからでも極めたからでもなく、一番の興味の対象が他にあったからなのだが、それにしたってもう少し頑張って色々読むべきだった。少ない読書量のなかで選んだ作品を眺めてみると、小説に描かれる「視覚」に惹かれているように思える。女子高生アイドルたちが覇権を争う街を舞台にした『メロディ・リリック・アイドルマジック』の語り手は共感覚の持ち主――彼には「音楽の幻」が見える――であり、アイドルとステージと視覚のモチーフから必然的に導かれるひとつのテーマ、すなわち「見つめる」こと(それはそのまま「小説を書く」ことにもつながっているような気がする)を、石川博品のあの文体で書かれるとなんだか少し泣けてくる。曜日から色を感じ取る涼宮ハルヒもまたある種の共感覚の持ち主と言え、シリーズ最新作『涼宮ハルヒの直観』では、メタ的なハルヒの「直観」をもとに展開される中篇「鶴屋さんの挑戦」が面白い。『見えないグリーン』は色彩あふれる端正な本格ミステリ。色の横溢っぷりはあのチェスタトンを思わせるほどだが法月綸太郎の解説にも全く同じことが書かれているので、もう少し何か考えるためにとりあえず「絵画」のモチーフを取り扱った古典作品としてチェスタトンダーナウェイ家の呪い」(『ブラウン神父の不信』)とクリスティー「死んだ道化役者」(『謎のクィン氏』)の2作をメモしておく。

 2021年に読んだ小説で一番面白かったものを挙げるなら、間違いなく『ゴーレム100』である。「【悲報】最近のラノベさん、あまりにもひどすぎるwwwwww」といった釣りスレに貼られる画像でのみ知っていたベスターを、少なくとも『ゴーレム100』と『虎よ、虎よ!』という2つの奇作の書き手として認識できたのだから2021年はまあ悪くない年であった。『ゴーレム100』のグラフィカルな魅力や翻訳の面白さについては『カモガワGブックスVol.3 〈未来の文学〉完結記念号』所収のコラム「『ゴーレム100』の超絶翻訳を原文と比較してみた」や訳者エッセイ等に詳しいので、そちらを参照してほしい。そして、少なくとも『虎よ、虎よ!』『ゴーレム100』の2作においてベスターは「盲目」のモチーフを反復している、というのが自分なりの感想。これを例のタイポグラフィーに接続して考えると面白いのではと思ったが、これ以上のアイディアは現状とくに何もない。

 


 

2021年に読んだ評論・エッセイベスト(順不同)

 

・『引き裂かれた祝祭――バフチンナボコフ・ロシア文化』貝澤哉

・『探偵のクリティック』絓秀実

・『小説のタクティクス』佐藤亜紀

・『小説の聖典――漫談で読む文学入門』奥泉光いとうせいこう渡部直己

・『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』北村紗衣

・『鏡・空間・イマージュ』宮川淳

・『マンガと映画:コマと時間の理論』三輪健太朗

・『マンガ視覚文化論:見る、聞く、語る』

・『マンガを「見る」という体験――フレーム、キャラクター、モダン・アート』

 

 『小説のタクティクス』『小説の聖典』『批評の教室』はいわゆるバイブル枠で、ここに佐藤亜紀『小説のストラテジー』を加えた4点セットをミス研の後輩に配っている世界線もあったかもしれない。言い換えれば学部1年生のころに読んでおきたかったなあという4冊でもあるので、もし当てはまる人がいたらぜひとも購入することをおすすめする。「読むことと書くことは切り離せない」って4冊とも言っている。(もちろん、実作者以外に小説はわからない、なんて次元の話は誰もしていない)2021年はマンガ研究の一端に触れた年でもあった。ぶっちゃけ咀嚼しきれていない箇所も多いのだが、読む前と読んだ後では間違いなくマンガの読み方が変わるという点において『マンガと映画』『マンガ視覚文化論』『マンガを「見る」という体験』の3冊は非常に優れた「実用書」である。ただ、入手しにくいのが難点。通読していないのでリストからは外したけれど、菅野博之『漫画のスキマ』もまたバイブルに違いなく、ついつい使ってしまう「視線誘導が上手い」「コマ割りが上手い」といった褒め言葉が意味するところを、実作者の視点から徹底的に解剖し尽くした本当の実用書。つまるところ「マンガのストラテジー」であるこの本は当然、「描く」だけでなく「読む」さいの役にも立つはず。

 


 

2021年に読んだマンガベスト(順不同)

 

・『失踪日記吾妻ひでお

・『わたしは真吾』楳図かずお

・『ENOTIC』榎本俊二

・『ショート・ピース』大友克洋

・『茄子』黒田硫黄

・『棒がいっぽん』高野文子

・『アップルパラダイス』竹本泉

・『エイリアン9富沢ひとし

・『FLIP-FLAPとよ田みのる

・『児玉まりあ文学集成』三島芳治

・『転がる姉妹』森つぶみ

・『機動警察パトレイバーゆうきまさみ

・『コミティア30thクロニクル』

 

 小説のリストとは対照的に、吾妻ひでお楳図かずお大友克洋高野文子以外は初めて読んだ作家で埋め尽くされている。あくまでもマンガの絵としての「変容」にこだわりつづけることで、自己と他者をめぐるエヴァっぽいテーマやその他いろんなものが宙づりになり続ける『エイリアン9』は非常に気持ち悪い。黒田硫黄は『セクシーボイスアンドロボ』と迷ったけれど、読むとなんだか元気になるという点においてこっち。『棒がいっぽん』の表題作は『ユリイカ』2002年7月号に再録された初期バージョンと合わせて読むとよいだろう。富沢ひとし黒田硫黄高野文子の3人には正しいタイミングで正しい作品に出会えた気がしていて非常に嬉しいのだが、現状まともに作品を語る言葉が思いつかない相手でもある。いつか……。

 単行本未収録作のコピーを取るためにわざわざ国会図書館にまで出かけた三島芳治が、2021年で最も入れ込んだ作家ということになるだろう。褒めるにしても貶すにしても、「文学」との対比のなかで語られることが多い三島作品はある意味で不幸だと思う。もっと別のやり方があるはず。『児玉まりあ文学集成』の単行本に記されている参考図書をまとめたscrapboxを作ったので、興味のある方はどうぞ。

scrapbox.io

 

 2022年も毎日が楽しいといいな。

 

*1:追記:麻耶雄嵩『メルカトル悪人狩り』読んでた